あらゆるトラウマを経験して、彼らは生きることをあきらめた いま昏睡状態に陥る難民の少年少女が続出している

    オーストラリア政府によって太平洋の小さな島に何年も抑留され、すべての望みを失ってしまった難民の少年少女たちの健康に、悲惨な影響が出ている。BuzzFeed Newsは、彼らの不思議な病「あきらめ症候群」について調べるため、スウェーデンにいる難民の家族たちに会ってきた。

     この記事のポイント

    • 「あきらめ症候群」と呼ばれる状態を見せる難民の子どもが増えている。
    • 次第に周囲に無反応になり、食事せず体も動かさず、ほとんど植物状態のようになる。
    • 医師らは、難民申請が通らなかったり収容が長期化したりして、生きる希望が失われたことが原因だと見ている。


    食事の時間になると、
    16歳のへードルの両親は息子を移動させ、テーブルにつかせる。すべてが普通であるかのように。

    家族が会話をし、トーストにバターやジャムを塗り、紅茶を注ぐ間、へードルは何も話さない。目は閉じ、両手は、母親が膝にかけてくれたグレーの毛布の上に置かれている。へードルはトーストを食べない。その代わり、鼻の穴に差し込まれた細長いチューブから、液体栄養剤が流し込まれる。

    へードルの家族は、宗教的少数派ヤズディ教徒で、2010年にトルコから逃れ、スウェーデンの庇護を求めた。しかし2016年に、彼らのいく度目かの永住権申請が移民庁によって却下されたあと、へードルは、極度な引きこもりの状態に陥った。

    スウェーデンには2000年代のはじめ頃から、「あきらめ症候群(resignation syndrome)」と診断された難民の少年少女が数百人いる。へードルはそのひとりだ。この症候群の少年少女は、世間から引きこもり、話すことや飲み食いすること、トイレに行くことをやめてしまう。

    最終的には、一見したところ意識がない状態になる。彼らは、周囲の生活が続くなか、この無意識の状態で何年も生き続けている。

    「『あきらめ症候群』は、精神と肉体が切り離された状態です」と、エリザベス・フルトクランツ医師はBuzzFeed Newsに語る。「ある意味、分離されているのです」

    フルトクランツは、耳鼻咽喉科を専門とする引退した医師で、リンショーピング大学の名誉教授でもある。現在は、NGO「世界の医療団」でボランティアとして働いている。そして、スウェーデン各地を車で移動し、移民家族を訪ねて、彼女曰く「世界から離れてしまった」子どもたちの血圧を測り、筋力をテストしている。

    「あきらめ症候群」は、スウェーデンだけで発生しており、国境によって決まる不可解な病だと報告されてきた。だが数カ月前から、同じ「あきらめ症候群」が、太平洋にある小さな島国ナウルにいる少年少女の間でも流行している。オーストラリア政府は、国外のこの島に、難民や庇護希望者を5年以上抑留したままにしている(ナウルは、オーストラリアに向かう難民を受け入れることで、オーストラリアから資金援助を受けている)。

    ナウルにあるオフショア難民抑留施設は、ジャーナリストにとってアクセスが難しいことで知られている。フルトクランツ医師は、スウェーデンであきらめ症候群になった難民の少年少女3人の家族をBuzzFeed Newsが取材することを特別に認めた。彼らの苦しい状況を目にすれば、オーストラリア政府が強硬な姿勢を和らげるかもしれないと期待してのことだ。

    BuzzFeed Newsは、スウェーデンで「あきらめ症候群」になった子どもを持つ3家族を訪ねた。彼らについての動画はこちら。

    Emily Verdouw

    あきらめ症候群と診断された少年少女には、共通の要素が2つある。精神的外傷を負っていることと、すべての希望をなくしてしまっていることだ。

    「家族の中で何かがあったのです。何かひどいことが起きたのです」とフルトクランツ医師は言う。へードルの家族がBuzzFeed Newsに語ったところによると、母親がレイプされ、まだ2歳半だった小さな弟は、家族がトルコから逃げる前に殺されたらしい。

    この病気は、庇護を求める生活の不安や緊張と密接に関係している。へードルの家族はみな、強制送還におびえながら暮らしているのだ。

    「予測できることではありません。あとどれくらい、今いるところに滞在できるのかわからないのです」とフルトクランツ医師は説明する。「未来への確かな希望はありません」

    ナウルで難民の家族らは、世界で最も厳しい移民管理体制の中で無期限に抑留されている。容赦ない扱いを受ける彼らの存在は、「密入国業者の船でオーストラリアに来ようと考えているなら、やめろ」という警告だ。

    オーストラリア前首相マルコム・ターンブルは2017年に、アメリカ大統領ドナルド・トランプと電話で話した際に、難民を海外に抑留するこのシステムのことを説明した。

    リークされた会話の内容によると、ターンブル前首相はこう言ったという。「彼らが悪い人たちだからではない。密入国業者を止めるためには、密入国業者から『商品』を奪わなければならないからだ。だからわれわれは、『あなたが世界一善良な人であれ、ノーベル賞を受賞した天才であれ、あなたが密入船でオーストラリアに来ようとするなら入国させない』と言ったのだ」

    トランプは満足そうに答えたという。「あなたは私よりひどいな」

    専門家は、5年間の辛い抑留体験は、すべての希望を消し去ってしまったと説明する。そして今、悲惨な精神的影響が体に表れているのだ。

    あきらめ症候群である10代の少年アミール(仮名)は、2009年に家族とともにロシアから逃れてきた。フルトクランツ医師はアミールを診察しながら、病気の徴候と症状、何が普通で何が普通ではないかを簡単に説明してくれた。

    「ここで彼の血圧を測ると、この年齢にしては血圧が高すぎるのがわかります。上が135で下が81。脈拍も高いです。1分間に126、これは高すぎます。これは、この子が今、ストレスを感じていることを示しています。現在の状態では、非常に平和に見えるにもかかわらずです」

    アミールは、ありえないほど穏やかに見える。頬にテープで留められた細いチューブが、薄いひげを部分的に隠している。それさえなければ眠っているようにも見える。だが、体が衰えている徴候はある。ストライプのTシャツとトラックパンツからのぞく腕や脚は細く、フルトクランツ医師がTシャツの裾をめくると、おむつの端がはみ出しているのが見える。あきらめ症候群になってからの2年間で、体重は7kg減った。アミールの年齢と身長に合うように計算された液体栄養剤が注入されていてもだ。

    フルトクランツ医師は、アミールの腹に、氷の入った袋を直接当てる。何の反応も示さない。皮膚が赤くなるだけだ。血圧と脈拍は変わらない。

    アミールの両親は、おびえるあまりインタビューには応じなかった。身元がわかって見つかることを極度に恐れていたのだ。しかし息子のことは、世界中の人に見てほしいと思っている。われわれを迎えるために、お茶とコーヒー、それに甘い菓子を乗せた大きな皿が用意してあった。「家に甘いものがたくさんあると、神様は甘い生活を与えてくださるのです」とアミールの兄が説明した。 

    フルトクランツ医師は、指をアミールのこめかみに置き、親指で優しくまぶたを押し上げた。アミールの黒い瞳は、何かを見ているわけではない。「自分の前を見つめているだけです」とフルトクランツ医師は言う。

    アミールは意識がないように見えるかもしれない。彼が、自分の周りの世界のことをどれだけ理解しているのかは、われわれには定かではない。あきらめ症候群の研究からは、患者の意識の度合いはさまざまで、回復時の記憶喪失の度合いもさまざまだということがうかがえる。

    ほかにも、わからないことはある。スウェーデンの研究者カール・サリンは、この症候群について2016年に発表した有名な論文の中で、あきらめ症候群は新しい現象ではなく、緊張病(カタトニア)のひとつではないかという仮説を立てた。文化的な要因が、「スウェーデンにいる難民の少年少女」の中における特定的な蔓延を助長したのではないかというのだ。

    世界各地で、同様か、あるいは非常に似通った症状の病が、異なる病名で診断されている。オーストラリアでは、難民支援団体「亡命希望者情報センター(ASRC)」の支援者たちが、ナウルの少年少女を苦しめているのと同様の症状を、「トラウマ性の引きこもり症候群(traumatic withdrawal syndrome)」と呼んでいる。

    心的外傷の専門家ナオミ・ハルパーンは、この症候群は、人間に、そしてすべての哺乳類に生まれつき備わっている「防衛機制」の一種で、打ちのめされるような、あるいは危険を感じるような状況に遭ったときのためのものだと説明する。

    たいていの場合、第一の本能的行動は逃亡だ。つまり、まずは「逃げなくては」と考えるのだ。もし走れないときは、脳は戦いのスイッチを入れることもある。ハルパーンはBuzzFeed Newsに、「動物でも人間でも、追い詰められたと感じると、一気にアドレナリンが出て戦いのモードになるのです」と説明した。

    もし、戦うことも逃げることも選択肢にない場合は、動きを止める。「こういうことなのです。私にはどこにも行くところがない。走れない、戦って切り抜けることもできない。安全ではない。自分を守る唯一の方法は、完全にスイッチを切ることだ」。

    それがあきらめ症候群なのだ。

    亡命希望者情報センターによると、この「スイッチを切る」という反応は、ナウルのような環境ではもっともなことだという。ナウルでは、過酷な政策がいつまで続くかわからない抑留を招いた。再定住という選択は失われ、反撃するエネルギーも願望も、ほとんど蝕まれてしまった。極度の無力感と絶望があるばかりだ。

    メルボルン大学の精神医学教授でローヤル女性病院(Royal Women's Hospital)の女性メンタルヘルスセンター(Centre for Women's Mental Health)所長であり、医療関係者らがつくる人権擁護団体「公正のための医師団(Doctors for Justice)」委員長を務めるルイーズ・ニューマン医師によると、この状況は「完全に予測可能なこと」だという。

    抑留されている庇護希望者の健康について政府に助言する「オーストラリア移民健康助言グループ(Australian Immigration Health Advisory Group)」の委員長でもあったニューマン医師は、政治家たちはこのリスクについて、「とても詳しい情報を与えられていました」とBuzzFeed Newsに明かした。

    ニューマン医師は、ジョン・ハワード元首相が2000年代はじめに「オフショア」での難民抑留を導入したことに言及しながら、「そういう理由から私たちは、抑留を始めた初期のころよりも、おそらく今の方が、政治家たちは責めを負うべきだろう、と強く感じているのです」と述べる。「とても明らかな証拠があるのに、政治家たちは、この状況を維持し続けているのです」

    ナウルの子どもたちは、何層ものトラウマやストレスに直面している、とニューマン医師は語る。

    「彼らがもし、祖国で精神的なショックを受けていたなら、トラウマを抱えています。祖国を逃れてやってきた旅のトラウマもあります。抑留のトラウマもあります。それから、彼らが晒されている、こうした本当に極限的なトラウマもあります。ある時点で、入れ物はいっぱいになります。そしてただ壊れてしまうのです」

    亡命希望者情報センターのウェブサイトに公表されたファクトシートは、太字で書かれた次の1文で終わっている。「こうした子どもたちは、ナウルでは回復できない。なぜなら、ナウルこそが、彼らのトラウマの原因だからだ」

    過去20年以上の間に何百件ものあきらめ症候群の診断が下されたスウェーデンは、へードルやアミールのような子どもたちを収容するシステムをつくった。病のきっかけは、永住権の却下や強制送還の通達など、なんらかの移住決定であることがしばしばだ。

    子どもたちは、新しい国の言語を習得することが親より容易であることもある。そのため子どもたちが、役所による却下の決定を訳して両親に伝えるという「恐ろしい責任」を負わされることもある。

    「両親にそれを説明するのは、とても難しいことでした」とへードルの兄アリは語る。「移住は却下されたということを伝える、それが悲しかったのです」

    現在17歳のアリは、あきらめ症候群について、人と違う視点を持っている。彼自身が、あきらめ症候群を経験したからだ。2011年に、家族がスウェーデン移民庁に最初に移住を拒否されたとき、アリはへードルより軽度な症状を患ったが、2~3カ月で回復した。

    「今、弟を見ると、自分も以前はこうだったのだとわかります」とアリは言う。「それを知るのは、悲しいことです」

    移住に関する通達は、再びトラウマを与えるとフルトクランツ医師は述べる。症候群は、急に発症することもあれば、徐々に発症することもある。

    アリによれば、2016年に家族がまたしても移住を拒否されたあと、へードルは不意に食べなくなったという。「『どうして食べたくないんだ?』と聞くと、『食べたくないんだ』とだけ答えました。弟は食べることを拒否しました。そして、日に日に悪くなっていきました」

    飲まず食わずで数日過ごしたあとは、否応なく入院することになる。そして、水分補給のための静脈内輸液を与えられ、鼻には栄養チューブが入れられる。親は、子どもたちの介護方法の訓練を受ける。チューブの替え方、使っていない筋肉のマッサージやストレッチのやり方。それから子どもたちは家に帰される。そしてみんなが待つ。回復するようにと願う。

    「ぼくは正しいことをすべてやろうとしています」とアリは言う。「弟と毎日話すようにし、ときには外に連れて行ったりもします。本も読んでやります。すべてをやるようにしています。弟がぼくたちのところに戻ってこられるように」

    ナウルでは、そのようなシステムはない。この島での医療が不十分であるという問題は、2016年の裁判で、「オーストラリアは、同国が国外に抑留してきた難民と庇護希望者の世話をする義務がある」という画期的な判決が下されて以来、浮き彫りにされてきている。

    問題をまとめると、基本的には、やや不適切ながらこういうことになる。難民と庇護希望者はしばしば、現在行われている抑留によって起こる、もしくは悪化する、複雑な健康問題を抱えている。だが、ナウルの医療施設は不十分だ。さらに、政治的な理由により、政府は彼らを治療のためにオーストラリアに連れてきたくはない。

    オフショア抑留者の権利擁護に関わる弁護士や医者は、ここ何カ月もの間、ナウルで精神的健康が危ぶまれているなか、まだ子どもが1人も亡くなっていないことが驚きだと述べる。

    亡命希望者情報センターは、オーストラリアで治療するために患者を強制的に移送できるようにするための法的努力を行っており、これまでに30人以上の子どもたちが、緊急治療のためにオーストラリアに連れてこられたという。その多くは、自殺未遂や自傷行為を行ったか、引きこもりの症状がある。およそ95人の子どもたちがナウルに残っており、その多くは同じ症状を抱えている。

    「親たちの中には、文字通り、毎晩そばにつきっきりで子どもを見守り、何とかして水を飲ませようとしている人もいます」とニューマン医師は語る。「これが何週間も何週間も、ずっと続くかもしれないのです」

    いくつかの判決では、小児科に入院する必要がある状態の子どもたちを、オーストラリアに送る命令が下った。オーストラリアでは、水分補給のため点滴を受け、栄養を取るため鼻にチューブを入れられ、腎臓、心臓、脳が機能しているかを検査してもらうことができる。そして特に重要なことに、思春期精神科医の管理下に置かれる。しかし、これだけのことを行える設備は、とてもナウルにはない。

    オーストラリア行きの飛行機に乗ることができた子どもたちは、引きこもりの「末期」にある、とニューマン医師は説明する。

    「こうした子どもたちは、昏睡的な状態にあり、食べたり飲んだりすることはできません。呼びかけたり触れられたり、痛みを与えられたりしても反応はなく、反射運動もありません。引きこもりのかなり深刻な状態で、命にかかわる危険があります。島を出た子どもたちは、そういう状態なのです」

    医療における明確な違いを別にすれば、スウェーデンの子どもたちとナウルの子どもたちには、誰も羨まない共通点がある。希望がないことだ。

    その影響は、ありふれたことから、深刻なことにまで及んでいる。たとえば、アミールの兄は、ある女の子と話すようになった。彼女とデートしたいと思うが、問題がある。将来が約束できないのだ。彼は中途半端な笑みを浮かべて、自分はそういう人間だから、と説明する。真剣になり始めると、逃げてしまうのだという。

    しかし彼の理屈は、ほかの国の平均的な23歳の若者より分別がある。彼は働くことができない。安定もない。そして、家族とともに難民施設に住まなければならない。弟はとても深刻な病を抱えている。ガールフレンドに捧げられるものは何もない、と彼は述べる。彼が自分に恋愛を禁じているのは、こうした理由からなのだ。

    このような不確実な状況と、根底にあるトラウマは、家族全体を覆ってしまう可能性がある。たいていその中心にあるのは、世界から引きこもっている、深刻な病状の子どもだが、そうした子どもを見守る両親も、体調が良くないことが多い。子どもの状態に次第に絶望感を募らせ、子どもは死んでいくのだと思い込んでしまう。

    フルトクランツ医師は、「私は親御さんたちに、『お子さんはいまは苦しんでいません、けれども、あなたたちは苦しんでいます』と言うのです」と語る。「自分の子どもが、ある意味で消えつつあることを見守るのは、恐ろしいことですから」

    彼女自身ひどいトラウマを経験したへードルの母親アルマスは、自分の息子がこれほど深刻な状態にあるのを見ると、「自分の人生は終わった」ように感じてしまう、と漏らした。

    「私たちはもちろん、ヨーロッパで、子どもたちに素晴らしい未来があることを望んでいました」。アルマスは、涙をこらえながら言う。「でも今の状況は、私たちが期待していたのとは程遠いものです」

    オーストラリアのニューマン医師はこう語る。「こうした子どもは、ある意味で、家族全員に起こっていることを象徴しています。みんながあきらめているのです。だから私たちは、この状態に対処する治療は、家族を支えることでなければならない、とはっきりと伝えているのです。彼らが生きて行けるように、彼らの状況に何らかの解決を見つけるためのものでなくてはならない、親が子どもたちを支えられるようにしなければならない、と」

    しかし、解決策を見つけることには、政治が絡む。オーストラリアとナウルの政治家たちは以前から、ナウルにあるオーストラリアのオフショア難民抑留施設から聞こえてくる報告、つまり、精神の健康が損なわれているとか、自傷行為や自殺未遂が起きているといった報告には、思惑があると考えている。

    ナウルのバロン・ワカ大統領は2018年9月に入り、ナウルの子どもたちは、難民支援者や親たちによって「気がつかないうちに、あることをやらされている」と主張した。「それは、現在の制度に対応しようというやり方だ。オーストラリアに行くために、おそらくは仕組みをショートカットしようとしているのだ」

    ニューマン医師は、「あきらめ症候群の振りをするのは無理です」と指摘する。ハンガーストライキや、眠っている振りをするのとは違うのだ。少年少女が自殺傾向にあるのは非常に稀なことで、とてつもない苦悩を抱えている印だとも言う。

    「私たちが非常に気をつけなければならないのは、政府をはじめさまざまな人たちが、政治的な理由で、『病気の振りをしている』、『仮病だ』、『ひどい振る舞いだ』と主張するだろうことです。意識的に操作しているというのです。しかし、心理学的観点からすると、どれも意識的にやっていることではないのです」

    「『さあ、昏睡状態になろう』と意識的に考えたりしません。そんなことを言うのは、あまりに物事を知らなすぎます。自分の意思で、痛みを感じない昏睡状態になることは不可能です。それは実際に生理学的な症状です。心の状態に、体が反応しているのです」

    フルトクランツ医師を含む、スウェーデンの多くの医師や研究者は、あきらめ症候群を治療する最善の方法は、病に苦しむ家族に永住権を与えることだ、と主張する。 

    スウェーデンの研究者サリンが2016年にオンライン学術誌『Frontiers of Behavioural Neuroscience』に発表した研究論文には、「命を支える栄養チューブを別にすれば、彼らの治療とは、保証された希望ある環境を促進してそれを維持し、統一感を持たせることになる」と記されている。

    論文には、「数人の執筆者が、永住許可が重要だと強調している」と書かれているが、「永住許可自体は、病気の回復も、発病の抑制も保証するものではない」ともつけ加えられている。

    このことは、ただでさえ分類するのが困難な病気を、さらに扱いが難しいものにしている。原因は精神的なもので、発現は生理的なもの、そして、どうやら解決には政治が絡んでくるのだ。

    フルトクランツ医師は、あきらめ症候群の人たちが回復するためには、生命維持のための医学的介入だけではなく、彼女が「ソフトバリュー」と呼ぶ「保証」や「希望」が必要だと強調する。しかし、そのような考えを、移民当局や懐疑的な政府に伝えるのは難しい。「こうしたいわゆる『ソフトバリュー』は、医学の教科書や法律書にはあまり書かれていません」と彼女は言う。「診断書に、保証や希望について書くのも、非常に難しいことです」

    フルトクランツ医師はスウェーデンの移民庁に向けて、さまざまな子どもたちについての報告書を書いており、その中で説明を試みている。

    「子どもの治療に必要とされるのは、本質的には、チューブで与える栄養ではありません。栄養を与えなければ1~2週間で死んでしまうでしょうから必要ではありますが、栄養を与えても病気が治るわけではありません。……そして、私たちが取り組んでいるのはそうした治療です。私たちはその子に、また元気に遊ぶ子になってほしいのです」

    だが、何カ月、あるいは何年も、世界から取り残されていた子どもは、どうやって意識を取り戻すのだろうか。

    1カ月ほど前、10代の少年とその家族が、飛行機でオーストラリアに連れてこられた。ナウルで5カ月間寝たきりだったうちに筋肉が衰え、医療スタッフが、この子は再び歩けるようになるだろうかと訝しむほどだった。

    この少年が発病して3カ月がたつころ、弟にも病気の症状が出始めた。話すこと、食べること、飲むことをやめたのだ。この少年たちは、島にいる間に自殺未遂も繰り返し、ナウル病院を出たり入ったりしていた。両親は、衰えた2人を、トイレに運んで行ったり、ベッドの上で沐浴させたりした。

    オーストラリアの病院で治療を受けてからは、兄弟の症状は改善している。今は再び、飲んだり食べたり話したりしている。しかし2人とも、体が衰えて体重が激減した。そして、ナウルに戻されるのを恐れている。

    難民がナウルからオーストラリアの病院に移されると、支援者らはたいてい、オフショア難民抑留施設に送り返されるのを阻止しようと、法的手段を駆使する。ナウルでの危機的状況はごく最近起き、現在も続いていることなので、引きこもったり自殺未遂を起こしたりした子どもたちがどのように回復するかについては、まだわからないことがたくさんある。だが、環境の変化は効果があるようだ。

    「島から外へ移すと、回復するのです」と説明するのは、亡命希望者情報センターで抑留者支援マネージャーを務めるナターシャ・ブラッチャーだ。「スウェーデンのケースと一致しています。スウェーデンでは、永住ビザが与えられると、希望と安定を感じることができ、その状態から回復するのです。一度ナウルから出られたので、彼らは健康的な環境にいるのです」

    回復は速くはないし、簡単でもないし、段階的でもない。ブラッチャーとニューマン医師は、ナウルからオーストラリアに連れてこられた子どもたちのほとんどが、今も治療を受けていると語る。

    「一進一退です」とブラッチャーは説明する。「2月にナウルから連れてこられた子どもがいました。学校では優秀で、生活になじみ始め、元気を取り戻して、友だちもできました。でも2週間前、また救急で運ばれてきました。再び自傷行為を始めたからです」

    スウェーデンのフルトクランツ医師は、回復したケースを多く見てきた。病気のときに出会った10代の子どもたちの何人かとは、Facebookで友だちにもなっている。

    「私が出会うのは、たいてい、彼らがすでに横たわっているときです」と彼女は言う。「彼らが健康なときには、会ったことがありませんでした。病気が治ったあとで子どもと仲良くなるのは、とても張り合いがあることです」

    永住権が取れると、家庭の雰囲気は変化する。あきらめ症候群の子どもにも、何らかの形で知覚できるくらい変わる。単純に、家の中の音が増え、周りの人々の活気が増すのだ。

    フルトクランツ医師は「まずは、きょうだいが前より楽しそうになります」と言う。「そしてもちろん親も。つまり、家族がその子の周りに座り、その子に触れ、抱きしめて言うのです。『在留許可がもらえたよ。幸せになるよ。お願いだから起きて。お願い』と」

    しかし、安心感が定着するには時間がかかる。悪夢と執拗なストレスは、両親にも子どもたちにも同じようにつきまとう。通常は、何カ月かのちに、子どもに食事を与えられるようになり、その後子どもは目を開け始めるのだ、とフルトクランツ医師は述べる。

    深い感情も、刺激剤として働くことがある。ある少女は、耳元にあてがわれた受話器から聞こえる祖母の声に、涙を流し始めた。

    「声を聞くと、涙が流れ始めました。それはとても感情をゆさぶることで、それが始まりでした。そして私たちは、実際におばあさんを連れてきました。それが最初でした。そしてその子は目覚めたのです」とフルトクランツ医師は語る。

    フルトクランツ医師は、そのような瞬間のために、引退後の人生をあきらめ症候群に捧げてきたのだと語る。「この子どもたちがまた元気になれるということが、私にはわかっているからです。世話をしてあげれば、一生このままということはないのです」

    16歳のバハールは、病気になる前、母親によくこう言っていた。「シリアには戻りたくない。このままスウェーデンにいたい」。彼女は、イスラム国(IS)がヤズディの女性たちに働いた残虐行為の報道を見て、怯えていたのだ。

    だが彼女は、幸せな10代の少女でもあった。熱心に学校に通い、大人になったら警察官になりたいと思っていた。しかし彼女は、思春期が訪れた何年か後に、病気になった。症候群の苦しみの中でベッドに横たわりながら、彼女は成長を止めた。

    12歳の弟は、プロのサッカー選手になることを夢見ている。

    弟はこう語った。「ここにいられるのか、いられないのか、確実にはわからないというのは、いい気分ではありません。でも、この国は本当に好きです。だから、ここにいる間は精いっぱい楽しむべきだ、と考えるようにしています」

    姉への心のこもった贈り物は、ポップ・ミュージックだ。「病気になる前、姉は音楽を聴くのが大好きでした。だから、ぼくの携帯でいい曲を流して、姉が楽しめるようにそばに置いています」

    バハールのバイタルサインは比較的良い。脈は速い。ストレスを感じている証拠だ。しかし血圧は正常で、脊髄反射も問題ない。

    フルトクランツ医師が、バハールの腕を取って彼女の頭の上に持っていき、腕を離すと、腕は力なくバハールの顔の上に落ちた。

    「防御反射がまるでないのです」とフルトクランツは説明する。「彼女の腕を持ってこんな風に落とすと、鼻の上に落ちるだけです。瞬きをするなどの反応はありません」

    フルトクランツ医師によると、つねったり、針で刺したりなど、ほかの種類の疼痛刺激に対しても同じことで、何も起こらないという。つまりバハールは、最も重度なあきらめ症候群だということだ。

    バハールは1年前から患っている。家族は10年前から、スウェーデンで永住権が取れるのを待っている。

    「でも、もう終わり、すべては完璧にうまくいっています」。バハールの診察を終えながら、フルトクランツはそう説明する。「状況が適切になれば、彼女はまた目覚め、再び完全に健康になるでしょう。そして、なりたがっていた警察官になるのです」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan